見える形
ルーブルの作品の中には
意味不明なものが山盛りある。
もはやほとんど意味がわからないといってもいいぐらい
見える世界だけで判断する感性では
捉えきれない。

宇宙の人々が入ってきた様子。
それを神とした様子。
太陽信仰に支配されていく様子に
作られた信仰の物語。
また、
そういった諸々に気づいていて
作品の中にひっそりとヒントを残している様子が垣間見れる。
人食いをやってた様子も描かれているので、
そんな観点を持ってしてインスピレーションで作品を感じていくほうがいい。

音声ガイドの情報は
感じる事を封じ、またしてもエセ歴史を受け継いでいく温床だと感じる。

そんなに外側の誰が作ったんだかわからない情報を知って何だと言うのだろう?

そうやって、
人々が洗脳にハマっていく仕組みに
そろそろ気がついたほうが
ここから先、生きていきやすいと思うのだれども。。。

この闇の世界が仕上がっていく根元に
三次元の見える世界だけに人々を留める働きがあった。
見えない世界のエンジェル達と分離し
動物と分離し、植物、昆虫、岩や自然界と分離させ
目で捉えられる現実だけしか認識できないように
感じる事をさせないために
外側からの情報をガンガン与えて
心を封じていく闇の働きルシファ。
太陽が三次元に現れた形、アズラマズラ(天照大神)。

今回の旅のご同行人が
このエネルギーを搭載している事がわかった。
只今、エナミン非常〜に納得している。

前から、大物やでなぁぁ〜とは思っていたのだけれど
なるほどねぇ。。。

イブがリンゴを食べて闇に堕ちた。。。っちゅう物語があるが
まさに、
闇のエネルギーに満ちた物を食す事で、 見える世界しか信じなくなるのだろう。

彼女が食のスペシャリストなのも
これで納得。
フリーメイソン所縁のフランスに縁ある事も、エンジェルの使いの鳥から
攻撃を受けるのも納得。

あらゆる彼女に纏わる事が
この1点で統合されていく。

皆さまにも
ちゃんと心の目を開いて見ていく事をオススメする。

魂は死なない。
ただただ、揺らぎ続けるエネルギーが
物語を展開し、あらゆる体験をしているに過ぎず
その時の地球、もちろん宇宙にとって
そうあるべくしてそうなっているに過ぎない。

この世は、
太陽と月を分け、
共存ではなく枝分かれを繰り返し
それぞれが支配の実権を握りたいがために、各種つくられた宗教から
闇が始まっている。
そもそも「命」なるエネルギーの揺らぎは、すべて同じなのに。

そうやって創ってきた世の中によって、悲しい思いをした「命」を癒すっちゅうのが
今、流れているエネルギーの翻訳結果だろうか。。。





| ena | 分類しにくい | 22:54 | comments(0) | - | -
ダビンチより猫族


ルーブル美術館。

ま、
パリに来たからには行っておきたかった。
エジプト時代のものに触れておきたかったのだ。

古い時代から見ていって分かるのは
月の信仰から太陽信仰へと移り変わっていく流れ。














アタスのように、どの辺りから宇宙人が入りこんできたのか?目線で見学していた人も、そうは居ないだろうなと思ったら、客観的にウケた。

でも、
古い時代の遺物って
そう思って見てないから、けったいな作品やなぁ〜とか
未開やな〜とか稚拙やなぁ〜ぐらいで
終わってしまうけど
宇宙人探し目線で見たら
確実にそうやし!ってやつが
いっぱいあんねんで。

オモロかったわぁ。

インドネシアとか南米は呪術的で頭痛ものやったけど
エジプトのんは
シリウスの猫族の悲しみと切なさが強くて泣けた。

写真の後に光が入るように祈ったので
この時点では悲しみいっぱい。
皆さまも祈ってあげてほしいわぁ〜



なんとも美しい目でねぇ。。。
別れる時は
爽やかに凛としてたけどね。

あと、これどう思う?
<





これ太陽やん?アズラマフラ

これ月やない?

共存の時代もあってんやでな?とか思ったんやけど。

アタスのルーブル最後は
これがまた用意されたように。。。



ワタリガラス。

カナダアラスカのネイティヴの遺物。

目や歯のつくりが
異常に細かく、研ぎ澄まされた美しさがあった。
写真からもビビットなエネルギーが
届くんちゃうかなぁ?

しかも、写メした時間が
謀なく、日本時間の22:22pmやってんやんかいさ〜どやさ。 なんか、なんかよね。


モナリザも岩窟のマリアもあったわよ。
あったけど、
エネルギーが良くないわ。
モナリザダーク
岩窟エンプティー
エナミンスルーする。だったわ。

ルーブルにきたら
是非、エジプトエリアへ。
あと、めっさ端っこのエリア展示のワタリガラスに会ってお帰り頂きたい。
はぁあぁ〜疲れた。
人混みはしんどいねぇ。。。
おやすみぃ〜
| ena | 旅事 | 00:20 | comments(0) | - | -
Michel
町歩きの始まりは、凱旋門からだっただろうか。
ピエールエルメなる甘いもの屋さんで
フランス菓子を頂き
ゆるやかに坂を上がるように凱旋門に向かう。
ロータリーの広場に差し掛かった辺りから
だいぶ悲しい。
なんなんだ?
戦いか?
ずいぶん沢山の戦士のエネルギーが集まっているような。。。
ナポレオンとも関係が?

ご一緒のKさんに、そんな風に伝えると
ナポレオン発信で造られた戦没者の慰霊塔が凱旋門だと教えてくれた。
さらに、凱旋門の壁面にはミカエル。

おぉ。。。
君も悲しみいっぱいやねぇ。。。


あとから説明文を読んで思ったけど
まるで靖国神社のような場所である。

戦没者を祀り、愛国心を煽るシンボル。
まるで楠木正成のごとく。
相変わらず戦いのシンボルにされているミカエル。
不動明王と同じである。
泣いとったなぁ。。。可哀想に。

戦いのシンボルから解放されて
覚醒と変容のエンジェルとして、皆を導ける仕事に戻って、嬉しそうにしとった。

その日は日曜日で人が多く
凱旋門の上までは上がれなかったので
後日、恐ろしくしんどい螺旋階段を昇り
凱旋門からパリ全体に光が広がるように


祈った時に、ナポレオンにも
祈っておいた。


あの方も、ずいぶんと のつこつしている気がするのよねぇ。
奥さんを占っていた人が
マルセイユタロット使いだったらしいし。

そしてミカエルと言えばモンサンミッシェル。
TGVとバスを乗り継いで、モンサンミッシェルで降りて、いきなり嵐のような突風と雨。

要塞のようなメインの建物の入るまで
ガンガン祓いの雨にやられて
傘がほぼ役にたたずに濡れ鼠状態。
ち〜ん(TдT)
ありがたいけど
ここまでやるかねぇ。。。
笑い通り越して呆れるわ。
よほど、戦いで亡くなった人々のエネルギーが溜まっているようだ。
ミカエルは、どうやら
その重さに繋ぎ止められているらしい。

祈り終わる頃、雨が止み
ちょうど鐘が鳴り始めた。
さっき、メインの教会はどこですか?と尋ねたお兄さんが、太いロープを下から引っ張って、塔のてっぺんの鐘を鳴らしていた。

そのお兄さん曰く
モンサンミッシェルは教会ではなく
なんて訳せばいいのか分からないのだけれども、神父のようなものなんですよ。
と教えてくれた。

なるほど。
確かに教会っぽくない造りである。
この要塞自体が人々を光に還すポイントのようだ。
が、
日本の仏教よろしく
坊さんであるところの神父や尼さんに問題があるっぽい。

ミカエルも、あちこちで苦労していて大変だわぁ。。。
軽くなって、お仕事がしやすくなっていくといいわね。

その後、
途中までは開いていなかった扉が
私の目の前で開かれたので
誰か呼んでいるのねぇ〜と入ってみたら
マグダラのマリアだった。

ひっそりとここにもおったんやねぇ。
本当、あなたも大変だったわね。

さほどマリアの悲しみはここにはなかった。
どちらかと言えば、単に光が欲しかったっぽい。

今の所、ダントツのマリアの悲しみは
ノートルダム寺院にあった。
あそこは悲しいわぁ。。。
深い。可哀想すぎ。

ノートルダムでは、ずいぶんと時間がかかってしまって
ご一緒の皆さんをお待たせしてしまったが
祈り始めたと同時に始まったミサの歌声と煙が、光をサポートしてくれたように思うので
音とか煙って、3次元じゃなく
4次元なのだろうか。。。

沖縄のノロの祭壇の時以上に
離れられないし、放ってはいられなかったノートルダムのマリア。
たぶん、
まだまだ、あちこちのマグダラのマリアの解放は必要なんやろうなぁ。

その中心が、フランスと日本なんやと思う。
創られた歴史に光が入って
真実が明らかにされるごとに
人々からの祈りの光が、彼女を癒すように感じるので
また、
自分が感じている部分を
ぽろりぽろり書いていこうと思っています。

やだ。
忘れていると思うけど、
アタクシ、美容師なのよ。
祈祷師じゃないので、そこんとこヨロシク。

時々言うとかんと
忘れてはる人いてるやんかぁ〜。

って事で
本業の肥やしのためにも
面白グッズや、町の人々のヘアーデザインチェックしておりますの。

髪質が大きいけど
ま〜普通にしててもオシャレよね、フランスって。




TGVに乗る駅まで行く帰りのバスが
おそろしい時間間隔でしか来ないのは
モンサンミッシェルの町に金を落として帰るのじゃっっっ!と言わんばかりであったが、
そうは言うても、来ないものは仕方がないので、レストランにお手洗いついでに入って
ま〜オムレツでも話しの種に食べますかっっっと、
これがまた違う話しの種になりかけて引いたわぁあぁ。

キャロットスープまでは良かったのよ。


なんだか、その後
どんどんお客さんが入ってきてにわかに忙しくなる店内。
アタクシ、あと15分でここ出たいのよねぇ〜。。。
オムレツとデカフェが来ないわぁ。

「さーせーんっっ。アタクシ2時05分のバスに乗りたいのだけれど、オムレツとデカフェ、キャンセルでもいいかしら?」と
言ったのよ。
そうしたら、中国系オーナーや思うんですけど、確認するからちょっと待って言うてめっちゃバタバタし出しましてん。

是が非でもオムレツ出して精算したいらしい。

で、
出てきたオムレツ。
カッさかさっっっ。
半分以上残して、バス停にダッシュ!
もぉ〜
ギリギリやんかいさぁ〜どやさ。
でも、
中国系オーナーさん
慌てとって5ユーロ多く返してきてた事に後から気づいて
許したる事にした。

誰かが言っていたっけねぇ〜
人を成長させるのは
人と本と旅であると。。。
| ena | 旅事 | 10:21 | comments(0) | - | -
パリっす
パリに来て約1週間。
ほとんど大爆笑の果てに終わっていってしまうため、ブログを更新する時間すら作らずにきてしまったが
モンサンミッシェルまでのフランス版新幹線にて、
ようやく更新にいたる。

予想していたほどの寒さはない。
大阪での格好で十分事足りていて
日毎に陽がのびて7:00pmでも明るくなった。
宿泊先のホテル周辺は
16区というエリアで、パリの西側になるのですが
下町の割に、さほど治安の悪さもなく
電車で出掛けていかなくても
良いものが揃っていて過ごしやすい。

しかし、
ゆるノアご常連の皆さまにいたっては
ご存知の通り、今回は
ヨーロッパの要所でミカエルの統合と
マグダラのマリアの統合がありますので
当然のごとく
バスは22ラインが走り
地下鉄の駅は、Michel-Ange Auteuil といった最寄りがありまして
マリア「22」とミカエル「Michel」がおりました。

どこまでも、あちらの世界は
完璧なようで。。。

ご同行の人々が
フランスに所縁があって、何度も訪問されている方々なので
観光から鉄道の使い方から食から何から何まで対応してくださって
本当に助けて頂いている。

メルシーボク。

フランスには縁ないし
行きたいとも思っていない中で
何故だか来る事になった今回の旅は
ご同行の人々との縁と
ミカエル、マグダラのマリアの縁によって来ているのが良くわかる。

フランスは
古い土地である。
あぁ、ナポレオンとか辺りの歴史だろうって?

いえいえ。
シリウスの古い土地です。

そこに、積み重ねられて、塗り替えられた歴史がうんとあって
ココが日本と非常〜によく似ている。

ぼちぼち、本来のシリウスの働きが戻る時。
凱旋門、ノートルダム寺院、モンサンミッシェル、、、
人々の覚醒を封じるエネルギーが光に還る時がきているのだろうねぇ。。。と感じる。

そして、
太陽信仰(一神教)から本来の月信仰(多神教)が現れるとき
逆に月から太陽へと変わった要の
エジプト時代にも焦点があたるように
今回の旅はプログラミングされているらしい。


見えない潜在意識の世界は
三次元に立体化してくるので
街中に溢れる流行りや催しにも
シリウスの働きが沢山現れていて面白い。

さて、
明日からはルーブルに行くことになりそうだ。


まずまず、不動明王(ミカエル)所縁の28日今日のモンサンミッシェルでの
ミカエルとの出会いを楽しみにしたい。

行ってきますっっっ(=゚ω゚)ノ
| ena | 旅事 | 05:25 | comments(0) | - | -
とはいえ。
昨日のトピックスはマルセイユタロットを使って次元を変化させていくってお話でしたが、
とはいえ、
あらゆるツールがなくても
自分を取り巻く人、物、出来事、土地その他もろもろを
じっくりゆっくり観察して感じていけば
どんな潜在意識の中(エネルギー場)にいるのかは分かるわけでして。

今、起こってきている全ての現象は
自分自身の潜在意識によって出来上がっているので、偶然はない。

よく見て、観察し、感じとっていけば
魂のながい旅の記憶にさえ触れる事ができる。

自然の中に暮らして、海が荒れるのが分かるように
雨が降るのが分かるように
自分を取り巻く親、名前、先祖、仕事に友人、その全てが
魂の記憶を思い出したくなったらいつでもアクセスできるスイッチとして配備されている。

世界が、今やぶつ切りではなく
ネットワークによって繋がっているのと同じように
魂は永遠の旅の記憶を持って、あなたの中心に座っている。

不治の病と言われる症状も
訳の分からない皮膚炎も
3次元の見える形で現れるもの全部、魂に由来する。

理不尽に感じる事この上ないが
そこに気づいた人がやる事になっている事っちゅうのが、どうやらあるらしい。

フランスは、マグダラのマリアの大地。
地球のオリジナルなエネルギーが戻る時期がきたようだ。

母なるエネルギーから生まれなかったものは1つもないのだから。

男のあなたにも、女のあなたにも
同じように母なる愛がある。
love & peace

| ena | - | 01:01 | comments(0) | - | -
次元スイッチ
ノアはご存知の通り、めっちゃ面白い人々が集う。
っていうか、
世の中面白い人ばっかりやと思うけど
それを外側に表現していないだけであって、うちの店だったりアタクシの場合
どんなんでもOK牧場!としているので
どう思われるとかの心配なく
表に出してくれる人々が多いため
面白い人々が集っているように見えるのだと、我ながら分析している。

近々で言うなら、マルセイユタロットを使うRさんとのコミュニケーションが面白かった。

タロットにも色々あるんやねんてね〜。
彼女の場合のタロットは
「占い」ではなく、
タロットを引く本人さんの周りを取り巻くエネルギー場が、どんな事になっているのかを現すものらしい。

エネルギー場やから見えへんやん?
それを、見える形にするってことやね。
ほやから、
当たるとか当たらんとかの話じゃなくて
今なぜそんな現実になっているのか?ちゅう事をタロットで明らかに見せていくって感じだそうだ。

これ、
潜在意識の世界と健在意識の世界の関係が分かっている人にとっては
よく分かる話やと思うけど
そこを感じる感性が、まだオープンになっていない人にとっては
分からないんだろうね。
ま、
分からんけど、分からんなりに触れてみたら、波動によってそのうち分かるようになるけどね。

タロットって言うたらイコール占いっちゅうのが普通になってしまっている世の中で
凄い事やってる人がいてるんやなぁ〜っと
感心してしまった。

見えない世界を見える世界に現すツールとして、また問題にアタックして
次元を変えていくツールとして
タロットを使っていく、新しいタロットの概念といいましょうか。
っちゅうか、
本来、タロットとはそうだったのかもしれない。
いつの間にか、占いってなってしまったのだろうねぇ。。。
まぁ、占いが悪いわけではないけれども
焦点が変わるわな。

一家にいちマルセイユタロット使いがおったら、めっちゃええやろ?的な活動に打って出たRさんの活動を
めっちゃ応援するっっっ。

良いと思いますっっっっ!

百聞は一見にしかず。
アタクシもやってみようかしらん?
| ena | 信じられ編  | 12:19 | comments(0) | - | -
子猫一匹
ここのところご来店のお客様たちの
毛量を減らす事に
ずいぶんと手がかかる。
冬毛を落とすような、そんな作業のようである。

とくに、
空気を溜め込んできた襟足から後頭部の髪の膨らみったらスゴい。
まさに、子猫一匹分の量ほどの髪が床に落ちていく。

そりゃもおぉ〜仕上がりは
地肌が近くなって、スッキリふんわり軽くなるわよ。
去年からショートカットにされる方が多いので、増えてきた髪が気になるのも
ロングの頃より早いのかもしれんね。

あ。
猫と言えば、養生菓子処もちねこ。
いくちゃんの和菓子企画は、予約下さったお客様を優先させていただいたり諸々で
22日の木曜日の販売となりましたので
18、21日は無くなりました。

あいすみませぬ。
22日、もしくは
またの機会をお楽しみに(* ̄∇ ̄)ノ
次のお菓子は何かしら〜?
ワクワク(^^)d
| ena | 髪事 | 00:11 | comments(0) | - | -
引き寄せねぇ。。。
フランス近しっっっっ!
まだまだ先じゃ〜と思っていたら、もう来週ではにゃいかっっっっ!
早い。
で、
押し迫って忙しい( ̄0 ̄;
春に休んだ事がないのでねぇ〜
いつも3月、4月って卒入学があるから。
来年は、やっぱり休まないようにするわっっっっ!

さてさて、
忙しいから、出会う人の数も多く
また、密度の濃い人々が集まってきて
おもろい日々である。
書きたいんやけど、
書く時間より、睡眠とか手入れに時間を優先させているので
なかなかブログも更新出来ずにいるが
また思い出してはポロポロ書きます。

旅の間のほうが書きやすいのよね。
暇だから。(  ̄▽ ̄)
しかも今回は、ミステリーツアー並みに
いく先がよく分かっていないエナミンなので、きっと自由な時間も多いんだろうなーとか思っている。

なんで興味のないフランスに行く事になったのかも、判明してきまして
行かなければならないポイントも出てきたので、まぁ〜また書きます。

そうそう。
今日のトピックスは「引き寄せ」
アタクシ、「引き寄せ」って言葉が嫌いでね。
嫌いっちゅうか、しっくりこないっちゅうほうが正解に近いかな。

レゴブロックでいうなら
すべてのパーツは、すでに揃っているので
どのパーツを選んで、何を創るのかは
本人次第なのであって
引き寄せる必要はないっていうのが
エナミン的感性。

使い放題で
使っても使っても減らない3次元創造ブロックがどちら様にももれなくある。


ま、
思考のお掃除が成されずに
散らかりまくったゴミ屋敷ですと
パーツが探しにくい場合や
立体化する場所がなかったり等々で
出会うタイミングで会えなかったり
創りたかった現実(立体)ではないものを創ってしまったり
どえらい遠回りをするはめになったりもするが。。。

〜なので
引き寄せって言うより
引き上げって表現の方がエナミンにはまだましかなぁ〜?

新月と気圧の変化で自律神経が不安定になりやすい今日この頃。
首こり、肩こりには
お気をつけて(* ̄∇ ̄)ノ



| ena | - | 13:16 | comments(0) | - | -
3月11日
7年前の今日、久保さんというお客様を施術中に地震があって
当時、ワンセグケータイを使っていたので
すぐにテレビをつけた。

大きく長い揺れで
大阪でこの揺れ方なら、震源地は
大変な事になっているだろうな。。。と思った事を鮮明に覚えている。

アメリカの同時多発テロの映像以上の衝撃をうけた津波と福島の原子力発電所の模様に、
しばらく呆然として、
その年のハワイ島への旅は
今思い返せば、まるで傷心旅行のように
静かな1人旅だったよなぁ。。。と思う。

それほど、
3次元が立体として見せる物語の威力は強い。
思わず、足をすくわれてしまいそうになるのが、私達の世界なのだ。

今日は、
黙祷してから仕事に入ったが、そうしながらつくづく思った。

人は、生きているうちに
魂について知る。。。いや、思い出すといった方が良いだろうか?そうした方がいいと思われる。
それが分からなければ、体を失ってからの
行き先を見失ってしまったり
亡くなった人が光に還る働きを
とめてしまったりもする。

命は巡り、魂は死にもしなければ生まれもせず、ただ在り続けているだけなのだが
なかなか、こんな話をする場がなく
知る場もなく、話題に持ち出せば怪しい新興宗教か、勧誘かなんかだとされるのが
悲しいかな今の日本である。

しかし、
ここに触れず、ただに怖がったり、忌み嫌ったりしていては
いつまでも幻想にとらわれて
同じループから抜け出せないでとどまり
澱む。

墓参りに行く貴方なら
神社で手を合わせる貴方なら
先祖にお願いする貴方なら
困ったときに神頼みする貴方で
亡くなった人のご冥福を祈る貴方なら
見えない潜在意識の世界を無いとするのは何故だろう?

在っては何かまずい事でも???

そこを否定する事のほうが不自然でむしろ非科学的で
無理のある事のように感じるが
いかがだろうか?

そろそろ、
ちゃんと向き合った方がいい。
「いのち」について。
「いきる」について。
「魂」の存在である、あなた自身に。

| ena | - | 22:26 | comments(0) | - | -
もしも。
大東亜戦争時代の戦闘機、月光が
墜落直前、現代にタイムスリップしてくるところから始まる物語だった。


よく考えてみたら
私が生まれた年も、終戦後まだ30年も経たないころで
まだまだ俄然影響力のある出来事だったわけで。。。

あの当時、戦争に参加していた青年将校、武者滋が
現代を見て、何を感じるのか?
そんな視点が非常に興味深く、考えさせられた。

武者さん曰く、
戦場へと飛び立つ時、仲間と交わす言葉は
「靖国で会おう」だった。
国のため、大切な人のために命を賭して戦って死ぬ時、
靖国にて英霊として祀られるであろう事を心の拠り所に
愛する人々が靖国に会いにきてくれるであろうと願っていたが
実際は、
一国の首相ですら、参拝に行く事をためらうような事になっているとは。。。
A級戦犯、B級戦犯と合祀されているから。。。
中国や韓国、対外的な働きを重視した上で参拝は控える。。。

死して尚、許されぬのなら
どうすれば許されるのだろうか?

「戦争」というものが
A級戦犯をつくったし、またそれは敵国が裁いた結果である。
もしまた戦争が行われるとすれば
その中で、A級戦犯を担う人物が現れるわけで、戦争とはそういったものを生み出すものなのではないだろうか?

日本的宗教感から言えば
死ねば皆、仏となるのではなかったのか?

うんと考えさせらるポイントがある。

が、しかし
大事な息子や旦那を殺されて
相手が死刑になったからといって許せるか?と言えば、これもまた。。。

いやはや、
本当に難しい。
どこにも正解や答えはないのだけれど
こうやって
考えていく事、感じていく事の大切さを思う。

それは、何につけてもそうなのではないだろうか?

最近、
戦前の建物を通して職人の仕事や
古いVTRで大型重機がない時代のもの作りの様子を見る事があったりして
もしも、
あの戦争がなかったら、日本は今
どんな国になっていただろう?と思ったりする。

もしもアメリカの実験場になっていなかったら、
どんな人々がこの平成を造っていたのだろか?と。

「もしも」は無いのだろう。
すべてが、タイミングにおいて
必然、必要で起こってくる事なので
「もしも」を考えても意味のない事なのかもしれないが
それでも、
あまりにも無くした物が大きかったのではないだろうか?と
思いを巡らせる事は、無意味ではないと感じる。

命とは一体なんなのか?
生きるってなんなのか?
東北の震災から7年、色んな出来事から
今を生きる人々が
感じていかなければならない事が
あるのだと思う。
この先の選択と決定のために。


| ena | 思考 | 09:42 | comments(0) | - | -