日本語が育むもの

アタスのラシーンちゃんは

今日は1日Noa前パーキングに駐車していたので、目にしたお客さんが

「エナミンの車っっ?!」と玄関を開けてくれる。


で、「あの色は何色っていうんですか?」なんて聞くかたがいらして

「山吹色デス。」とお応えすると

「やっぱりそう言いますよねー!」とおっしゃるので

「なんでですか?」とたずねてみたら

以前会社の同僚が山吹色の洋服を着てきたとこを

「綺麗な山吹色〜、いやマスタードかな?」って言うたら

「マスタードと言ってください」と言われたのだとか。


ほう。

ま、

人それぞれで良いんだろうが

不思議と、マスタードと言われると

それで終わり。っちゅうか、マスタード以上何の想像力も発動しないのは

アタスだけだろうか?


しかし山吹色と言われると

どんなお花やったかな〜?

葉っぱの緑と共に、山の中で咲いている様子や、香りはどんなだっただろう???と

想像の世界が広がっていくのは何故かしらん??


こういったような内観を誘うのが日本語なのだと思う。

英語は、確かに話しやすい。

自分を表現するには、とても有効なツールでしょうし、実際 Yes No だけの簡単な英語でも 使ってみるとスッキリする。

何故か?

アウトプットに向く音を多く含んでいるのだと思う。


アウトプットが下手な日本人にとって

英語は、「使える」と言える。

が、

ウェブの世界、ゲームの世界、お金に支配された物質主義におかされた今の日本人にとって、

必要なのは英語より、古の日本語なのかもしれない。


原点回帰を迫られた時、必ず「何がしたい自分なのか?」が問われる。

今のキャリアを使って何が出来るのか?ではなく、

何がしたい自分なのか?

そのために使えるキャリアは何か?身につける事は何か?と

順番は反転する。


内観無くして原点回帰は起こらない。

改めて「日本語」なるものを見直してみるのも悪くない。


内へ内へと誘われたその先は 宇宙の真理へ繋がる。

宇宙は、案外 灯台下暗しなのだ。




| ena | 内側の事 | 22:49 | comments(0) | - | -
人間辞めたくなるとき

昨日、友達のそのまた友達のバイト先の

ゴミ箱にへその緒の付いたままの子猫4匹が

捨てられていたとの事で

ミルクボランティアだけでも、頼める人がいてへんか?と問い合わせがきた。


へその緒が付いたままゴミ箱に捨てる。。。


ま、人間の赤ちゃんをトイレに捨ててしまう事件もちょいちょいあるぐらいの

今の日本なわけだから

猫をゴミとして扱うなんて屁の河童なのだろう。。。


ホンマ、

こーゆー事にぶつかる度に、人間辞めたくなる。

そんな行為が出来てしまう人間にも

それをサポート出来ない自分にも閉口してしまうからだ。


アタスは、レザークラフトを趣味でやっている。が、時折ここにも書くように

革の主である牛さんが、光に還っていない事例が山のようにある。

4枚革買ったうちの3枚は光に還っていないってぐらいのピッチである。


革を買った時は

いつものミスターに必ず確認して

光に還っていない個体は、還してもらうのが

習慣になっているわけですが

先だって届いた革も、完璧に憑いてますよね。ってのが2枚あった。

しかし、もう1枚の革に 変わった反応がありますねぇ。。。とミスター。


しばし感じていたミスターが話してくれたのは、「この革の牛の亡くなった時の感情が乗っかっているのですが、

普通の屠殺ではなく、自分の子供を守ろうとして危険に立ち向かって亡くなったお母さん牛だったようですね。」という事だった。


なんてこった。。。

子供を命がけで守ったお母さんの革だったと分かった。


自分の子供も殴り殺してしまう人間がいて

赤ちゃんをトイレに捨てる人間がいて

毒のある昆虫や、熊やライオンに襲われて亡くなる人間の数よりも

人間同士が殺し合う戦争で亡くなる数が

劇的に多いこの人間社会に

本気で嫌気がさす時がある。

だからこそ、敢えて目を向けずにいたりもするが、

今回の子猫のような事があると

現実を目の当たりにされるので

酷く傷ついてしまったりする。


ここからの学びがあると分かっていても

なかなか抜け出せないでいるこの3次元の闇に

いつ終わりがくるのだろう?


この闇を意思と意図を持って終わらせると決めよう。


あなたは、

どんな世界を創造したいあなたですか?

| ena | 内側の事 | 22:04 | comments(0) | - | -
都会で井戸端会議

今日は色々縁深いであろうMゴンとランチ。

お休みなので時間に追われる事もなく

延々話し込む事5時間。

女は、放っておけばいつまでだって喋っていられる。


アタスは、ハートはあるのだけれど

感情がない。

感情のセンターが空洞なのだ。

だからといって

人の気持ちが分からない訳ではない。

逆に言えば、

その人が感じている悲しみや辛さや嬉しい気持ちを、オリジナルのままに感じる事が出来る。

とは言え、

感じたら、それをすぐに流してしまうので

悲しみの物語に引っ張られる事もない。

時に、それを冷たく感じる人もいるのだと思いますが、まぁ〜それは

受け取る側の価値観ですからご自由に。


世間一般的な価値観の中で生きていないので

理解してもらえる事の方が珍しく

また、理解してもらいたいとも思っていない。

が、

有り難いことに、アタスの周りには

この感覚でお話し出来る友達がいてくれる。


Mゴンは、その中でも

特によく似た性質を持っている人なので

日頃話さないで済ませてしまうような事も

話題に取り上げる事が出来る。


もちろん、

今日はMゴンにも宜保愛子inエジプトをオススメしておいた。

アーーンド、宜保愛子vsマリーアントワネットも忘れずに。


そこから、サイババの話になった。

宜保さんがサイババに会ってはしゃいでいるYouTubeを見かけて

そーいや、サイババって何やった人やったっけ?と

案外知らないでいた事に気がついて

サイババが生前、講話していた動画を拝見する事にしたら。。。

めっちゃ普通〜の事言うてる人やった。

当たり前の宇宙の真理を

淡々と語り、宗教臭くもウサン臭さもなく

めちゃくちゃ普通〜の事を説いてはった。


それを

手から何か出るだ〜

写真から何が出るだ〜って

それが嘘か?誠か?のような事だけが取り上げられて、サイババの本質が

どれくらい伝わっていたのか?と思う。


この世は、カオスである。

混沌こそ地球で、混沌こそ宇宙。

サイババもそう話しているが

彼の表現の中に、ほぉ〜〜〜っと思う一節があった。


人間の現れ方もカオスである。。。と。


なるほど、深いっっっ。

ここの所、ことに色んな事件があって、

殺人、交通事故、失言、いじめ、虐待云々

とは言え、

これも全てカオスである宇宙の働きである。と語るサイババに、感心してしまった。


信じられないような事件を目の当たりにすると、どうしても、それを悪としてしまう

人間の善悪を裁く機能に、オートマチックでスィッチが入ってしまう。


今回の山形や新潟の地震でも

きっと何処かのサイトでは人工だなんだと

言うてる人々がいるのだろう。

そして、

そんな事を起こす輩が許せんだなんだと

裁く行為に発展する。


そりゃそーーだ。

外側に敵を作る方が簡単なのだ。

が、

これが戦争を生む始めの第一歩になっている事に気づいているだろうか?


三次元に立体として起こってくる全ての事象の前には、見えないエネルギーの世界での動きがある。

人工的であろうが、自然であろうが

現実に現れた事に対して

この地球学校では

その物事を通して、自分が何をどう感じて、次のアクション(選択)はどうするのか?のために内側を探求(内観)する授業を受けているのであって、

外側の見える世界を裁く、しかも世間一般的な価値観で裁く事を学んでいるわけではない。


外側に原因を見つけて

あいつが悪いコイツが悪いと言っている限り

いつまでたっても戦争はなくならない。


戦争が嫌

イジメが嫌

虐待が嫌だなんだと言っていながら

それを創っているのは誰でもない自分自身だと気付かない限り

この事象が少なくなる事はない。


ま、だからと言って

それが悪ってわけでもないのだが。。。


今日も、Mゴンと話していて思ったが

見えない世界こそ信じられる唯一の場所だと。

エネルギーは裏切らない。

どんな世界を展開させるのか?は

自分自身が放つエネルギー次第。


サイババをリスペクトして

サイジジを目指そうかしらっっっっ?!と思った、都会のオアシスでのひとときでした。

| ena | 内側の事 | 19:41 | comments(0) | - | -
昨日の今日

昨日、例のお話しを聞いて

早速、帰りの電車で隣に座った人の洗剤やら柔軟剤やら香水系のニオイをシャットアウトすべく、

自分とお隣のあいだに透明やけど分厚いつい立を立てると決めて遊んでいた所〜

お隣が2歳か3歳の女の子を連れた

20代後半と思われるお母さんに変わった。

座ってしばらくして

「今だけな。」とスマホを子供に手渡すオカン。

あくまでも、子供が貸してとせがんだわけではない。

当然、スマホの魅力に集中する子供である。

で、

自分たちの降車駅がやってきて

いきなり「お前ええ加減にせえよっ!」と

スマホを取り上げて頭をパコーーん!と叩くオカンに、唖然としてしまった。


しかも、他の乗客は全員スマホに夢中なのか

敢えてスマホに注視しているのか

この親子の一部始終は、無かった事にされている。

怖いからぁ〜。。。

お前が勝手に子供にスマホ渡しといて

また勝手に取り上げたあげく、

暴言と暴力て、

これを虐待と言わず何て言うん?!と思った。


周りがスルーしてんのも怖いからぁ。。。


誰か この親子のために祈ってあげようと思う人おったんやろか?


昨日の記事をね、友達やお客さん達が読んでくれて、色々意見をくれた中に

友達が「この不自由さが楽しいんやん〜それを楽しむのが人間なんやん〜と思う自分の心の声もある」って言うたんですよね。


ウンウン。

確かにそれもそう思う、なるほどな。と思いながらも、しかしそれは「自由」を知っている人間が選べる楽しさなのかもしれへんな。とも思ったわけですよ。


「自由」を知らぬまま、枠の中の世界だけしか知らない人間にとって

人間界は、どう見えているのだろうか?と

昨日のような親子関係を目の当たりににすると、ふと思うんですよね。


もし、

人間は本来何でも出来て、魂が宇宙とコッチを行き来している永遠のものだと知っていたら、あの親子はどんな関係を築いただろう?と。


お金に縛られない〜

時間に縛られない〜

一般常識とやらに縛られず生きる道を知っていたら、「余裕」という背景の中で暮らしていく事が出来るのではなかろうか?とかね。


ま、

だから良いとか悪いってわけでも

どれが正解でもないから

必然として起こる事象があるのだろうけど

せめて、カオスこそ宇宙で

カオスである事が地球だと知っていて欲しいねぇ。。。と、個人的にはそう思う。


そこから選びとる自由が

すべての生命あるものに与えられている「自由」なのだと。


アタス?

やったわよやったわよ〜

ニックを横に置いて泉州訛りでもええから

英語のダウンロード宜しゅうにぃ。。。言うて。


あかん( ;´Д`)


まだや(´༎ຶོρ༎ຶོ`)


続けるで〜Σ(-᷅_-᷄๑)!!

待ってろよーーー!億万長者っっ!


| ena | 内側の事 | 12:51 | comments(0) | - | -
天皇制度
お客さんと友人、時同じくして
それぞれが皇居奉仕に行くと話してくれた。

興味があって〜
ありがたい気持ちで〜
天皇陛下に会いたい〜
その他諸々、
人それぞれの体験
良いんじゃないかと思う。

アタスも、行かずして体験のシェアを聞ける機会があるのは
嬉しい限り。
しかし、
アタスの興味の対象は
天皇制って何時からできたのだ?
天皇って何なんだ?
にある。
そもそも、
何故に国民の税金で、あの人々を養わなければならんのか?
まったく分からない。

むろん、その対象は政治家にも及ぶが。

なぜ故、しょーもない発言を繰り返すアホを養っているのだ?
雇い主は国民である事も知らんのか?と言いたい。

それと同様に 天皇家が何故に特別待遇なのか?
神道の最高神官で、いつぞ民や地球に対する神事を行い祈っているからなのか?

いや、
祈っている人は、世界中山程いる。

祈りが違う?
なんじゃそれっっっ。

血統が違う? ユダヤだと言うなら、ソロモンだダビデってとこまで話は行き着く。
〜だとしても、なぜその人々が一切稼ぐ事もなく生きていけるのか?
選ばれし人だから?

誰に?

モーゼか?
なら、
モーゼとは何者なのだ?
ゼウスに選ばれた人?

なら、
ゼウスって何だ?

神?

は?
ま、確かの火水(カミ)なるエネルギーではあると思うし
言葉にすれば「ゼウス」なのだろう。
が、
なぜゼウスが選んだら特別なんだ?

シリウスの人々だから?
え?
シリウスからやって来た人だらけですけど、今の世の中。

だから、
シリウスだからといって、なんで特別なんじゃボケーーーーーーっっっっ!
と、
このまま行っても終わりが見えんので
もう止めるが、
天皇です、王様です、大統領です、会長です、社長です。テレビに出てる何々です云々。。。
だから何なんだっっっ?

あーーーーそうですか。

って事だろうに。

もちろん、
そうなるにあたっての、あらゆる体験があって、その立場になってみなければ分からない事も多々あるだろうが
貧困と呼ばれる町に生まれついて
名前の無い人々であっても
同じように、
その人なりの体験があって、
そのどちらにも優劣も無ければ
勝ち負けもない。

人は皆、
神に祝福され今ココにいる。
もちろん、
植物も動物も昆虫も、命あるすべてが
神に選ばれココにいるのに
訳の分からん特別待遇とやらが
まかり通る世の中なのか?

そこに焦点を合わせた話がアタスは好きだ。
皆同じ祝福された命であるなら
アタス達だって
お金に翻弄されずに生きていけてもいいはずである。

それが許されず、
理不尽な搾取が繰り返されてきた世の中が、どうかしてると言いたい。

何故いつまでも戦争は止まず
何故いつまでも食べる物に困窮し
キレイな水に触れる事が出来ず
死んでいく人々がいるのだろう。

この間、
住吉大社でのことを少々書いたが
伊勢も出雲も各種神社は大賑わいな正月だったらしい。

そこに集う人々が
世界平和を祈る人々であるのなら
せめて日本の中での
殺人をはじめとする各種事件や揉め事が無くなってもいいんじゃないのか?

何故にそうならないのか?

祈りではなく、願いであり、すがりであり、人まかせの幸せだからではないのか?


人々は、何処に幸せを探しに行っているのだろう?

幸せも、平和も、喜びも、自分の内側にしかない事に気付いていく人々が多くなる事を、それこそ祈りたいわ。

内観が、すべての答えに出会える唯一の方法である。
| ena | 内側の事 | 12:59 | comments(0) | - | -
つくられた世界
昨日の人生フルーツとは逆に
正月休みの間、
見た事もないびっくりするような番組にも遭遇した。

そう。まさに私からしたらUFO状態。
地球外生命体に違いない。
その場かぎりの友達や家族を、お金で雇うちゅうお助け業者があるとかないとか。

中には
お金を支払って、自分を怒ってほしいという依頼人。
これホンマなん?

日本は、こんな事になっているのかっっ?!と、びっくりしてしまった。

と、
お客さんと話していたら
なんとお店で常連になってくると行けなくなるとか
注文が出来ないから
食券タイプの自販機のある店しか行けないなんていう人々もいると聞いて
さらに驚いてしまった。。。
意味が全然分からない。

もちろん、
なにぞ機能障害で。。。ではなく
コミニュケーションを取りたくないから。っちゅう理由らしい。

スゴイ。
もはや
これほどまでにコミニュケーション不良が起こっているとはっっっΣ( ̄。 ̄ノ)ノ

あぁっ!
買い物依存の女っちゅうゲストの
ねほりんぱほりんも見たんやった。
あれも凄かった。

身につけるブランド物によって
価値観をはかり、勝った負けたの一喜一憂。
果ては借金地獄という鉄板のオチであったが、、、
いやぁ〜世の中闇だねぇ。。。
まだまだ思った以上の闇で驚いた。

自分をどのように見せるのか、
どう思われたいのか、
あるいは、思われたくないのか、
ハリボテの自分を創り出すのに必死というホラーである。

友達が多い自分
誰よりも高いブランド物を沢山所有している自分
ハリボテがハリボテだとバレるのが怖くて、少しでもコミニュケーションが進もうものなら逃げる。

アホくさいやないか?
結局、
逃げているのは、本来の自分から逃げているのに
ハリボテを壊して、自分自身を見て
自分が自分を許して、受け入れて認めてあげる事が何者からも逃げず怖れずいられる唯一の方法なのに。

いやはやぁ。。。
正月テレビ鑑賞、勉強になりましたっっ!
| ena | 内側の事 | 07:40 | comments(0) | - | -
役割で埋める淋しさ
「人生折れ線グラフ」が好きなエナミンである。

山あり谷ありの人生模様をグラフにしてお話しを聞く、探偵ナイトスクープの企画である。

しかし、
ナイトスクープに出演せずとも
皆さま、色んな体験を繰り返して
人生歩んでおられるわけでして。

友人・知人・お客様に家族
タクシーの運転手さんから
仕事で携わる人々・・・

どの方も本書けばいいのに。。。と思うほどエピソードがてんこ盛りにあって
聞かせ頂くという事は、自分が体験し得ない世界のシェアですから
共に学ばせて頂く機会をもらうようなもので、有難い事なのだ。

先日は
60代のご婦人から人生色々を伺ったが
なんとも切なくなってしまった。

自分の居場所を確保する為に必死やったから。
それ自体が切ないわけではなく
「役割」に身を置く事で淋しを埋めようとしてる事が感じられたから。。。と言えばいいだろうか。


「介護をしている私」
「子育てしている私」
「先生である私」
「氏族である私」

云々・・・
役割によって自分の居場所を作って
みんなから要望されて忙しい私、みんなから素敵と言われる私、周りから羨ましいと思われる自分を作り出して
外からエネルギーを集めて
淋しさを埋めようとしているご婦人。

なんと切ない。

人は
みんな神(火水)の子であって
役割などなくっても
お金がなかろうが
ブランドバックがなかろうが
結婚してなかろうが
子供がいなかろうが
最初から、もうすでに
「幸せ」で「愛」の存在なのに
幸せは、外側の添付次第に依るとして生きている。

いつまで経っても埋まらない淋しさや寂しさ、孤独感と不安に苛まれる日々。
なんて切ない物語の中にいるのだろう。

人は、物語を通して
単に学んでいるに過ぎない。

その物語の主人公が、魂ではなく
魂が作りだした物語の中で 体験し、 宇宙とリンクするエネルギーを養っている存在が人であることを思い出して欲しいものだ。

| ena | 内側の事 | 06:45 | comments(0) | - | -
差別
M−1に絡むゴタゴタが世間では賑やかしいらしい。
ウェブニュースに割り込んでくるテロップがうっとぉーしぃ限りである。

上沼恵美子を腐した芸人がいたとか?
まぁ、世の中にはよぅある話で。
韓国人の事を表現する方法や
日本人だって、アメリカに行けば
ジャップだイエローモンキーだ〜なんだと言われるが
差別と呼ばれるような言葉や言動は
された側には一切関係ない。
それを使ったり、行動を起こす人側の価値観の枠組みの問題で
その枠組みを持っている人々の心が
汚く荒んでいるのであって
言われたり、やられたりした側の問題ではない。

今回の事で言えば、「更年期障害」たるものが、女性差別的表現として使われたようであるが
そう捉えている側の人々に問題があるわけで
更年期障害は男性にもあるわけだから
モノを知らないアホさを露呈していて
気の毒な事態である。
イジメも同じく。
イジメは、される方の問題ではなく
イジメている側の心の問題なのだ。

ま、
あーゆーしょうもない事を時代遅れにも言い放ってしまう感性しか持ち合わせられないで40年も時を過ごしたのか。。。と、重ね重ね気の毒になるが
これもまた
メディアを通して、多くの人々へ投げかけられた、考えるべきエネルギーなのでしょうな。

ま、
別に考えんでもええけど。

世の中、
まだまだ面倒くちゃいねぇ。。。
地球学校、そろそろ大学卒業と行きたいとこなのに
未だ幼稚園止まりの人口が多いのか。。。

that's sick and tired.....
| ena | 内側の事 | 16:35 | comments(0) | - | -
見極める
今日、とある相談を受けて
その方とやり取りした事を
少々シェアしておきたい。

日々、生活していれば
色んな出来事と遭遇する。
上手く行く事行かない事
悲しい事に嬉しい事。
その感情を味わう事と
その感情が創りだした物語の中に埋没するのとでは意味が違う。

悲しみの物語、喜びの物語、
その物語から出てこない人々の事を
悲劇のヒロイン、悲劇のヒーローと呼ぶ。

起こってくる出来事は
学びと気づき、魂の成長のための
エネルギーなのであって
そこに意味付けし、物語を創りだすのは
人間の感情である。
感情が悪いと言っているのではなく
感情、心を通して学んでいるという所を
吹っ飛ばすと、
物語に引きずり込まれ、かわいそうな誰それ、気の毒な誰それ、
こんなに頑張っているアタシ、
なぜ誰も分かってくれないのっっ?!
ってな具合に落ちる。

ま、
物語を味わっていたい人は、そこにずっと居ればいいと思う。が、
そこが電車の線路が切り替わるポイントでっせとお伝えしたい。


宇宙のエネルギーと共鳴し
この奇跡の地球の素晴らしさの中で生きていくのか?
宇宙ってなに?!と
まったくもって見える世界だけで右往左往翻弄される人生を生きるのか?
列車は、
すでに発車し、ずいぶん違う道を走り始めている。

〜なので
こんな事を書いた所で
間に合わん人は間に合わんわけだがぁ。。。
万が一、飛び移って乗車する方がいるやもしれんので
やっぱり、こんな事を書きたくなる。

紀元後2000年、キリストなる宇宙のエネルギーを、「キリスト」っちゅう人がおったぁ〜言うて、物語を創りだし
人々のチカラを奪い洗脳してきた歴史を知ってほしい。

キリストは、エネルギーであって人ではない。
人は、ジーザスクライストっちゅう人であって、キリストではないのよ。

キリスト、イスラム、ユダヤ、ミトラ、仏教にゾロアスター教諸々
宗教と言うものが出来上がるための
大元のエネルギーの名前がキリストであり、ヤハウェでありアッラーであり
ラー等々なのだと。

紀元後2000年間が築いた
最も深い洗脳は、「死」である。
「死」と「生」を分けた事が
この世が真っ暗闇になった根源である。

人は死ぬ。が魂は死なない。
形あるものは無くなる。
なら、人が死ぬ事は悪だろうか?
年若くして亡くなる事が悪だろうか?
「若いから可哀想だった」
これは、
自分が搭載している価値観だと分かりますか?
若く死ぬ。イコール可哀想。
いえ、
実際は、若いだ年寄りだという価値観も
貴方次第なのだが
少々複雑だろうか?

すべては、エネルギー活動に過ぎない。
黙々と行われるエネルギー活動を
勝手に物語に仕上げていくのは
感情であり心なのだ。

その感情や心は
創りだした物語のヒロイン、ヒーローになるためのものではなく
そこから学び、気づきを得て
魂の成長をはかるものなわけですが
魂の成長っつうのも、物語なのであって
実際は、地球や宇宙のエネルギー活動に他ならない。

どうぞ、
この世に張り巡らされたストーリーに気がついて、目ん玉ひん剥いて
自分の心や、取り巻く諸々を見極めてほしい。

そろそろ分かれた列車の距離も広く
飛び移るのも難しい。。。

今が幸せだろうか?
苦しいだろうか?
宇宙根源には、愛の波動のみが存在している事をお忘れなく。
| ena | 内側の事 | 22:20 | comments(0) | - | -
化粧
むかぁ〜し、
小学校の担任の先生からもらった
「危ない化粧品」なる本を読んだのは
中学に入ってすぐだっただろうか?

今また、大阪の化粧品を扱う会社の社長さんの苦労話しから研究結果等々を
まとめた本を読んでいる。

そこには、
「人は何故、化粧するのか?」とある。

お肌や人体、自然環境諸々
あらゆる方面から考えてみても
汗や皮脂以上の栄養クリームや
保護クリームは存在しない事が分かっているのに
それでも人は、何故化粧するのか?

もちろん、そこには
カラーリングやパーマ等々
髪も含まれると思う。

本には、
化粧との縁は切ってもきれないのだ。
なぜなら、人は化粧をする事で神と繋がってきたからだ。。。とある。

なるほど。
各地部族の人々がわかりやすい。
特別な儀式の際には
女に限らず男も化粧する。

「神」と表現するから分かりにくいが
結局、化粧することで
まさに化けて、非日常をあえて作り出す。
そうやって、スィッチを入れるのだ。

ここは都会の人々で考えると分かりやすいだろうか。
朝、仕事に行く。
いやっっっ!正直、行きたくない。
行きたくないが行かねばならぬっっっ!
で、
化粧する行為で、仕事に出かける心をつくるわけだ。
日常のゆるい自分から、仕事モードに切り替るスィッチの役割といえばいいだろうか?

気合を入れるだ、気分転換だといっては
ネイル、髪、メイクをいじりたくなりませんか?
非常に簡単な例えだけ取り上げてみたが
化粧は、この他にも
あらゆるシーンで、色々な意味をもって使われ、施されるが
結局、
化粧する事で、自分の感情をコントロールしているのだと思う。

先の部族のくだりは、 化粧という儀式を通して内観により、内なる神(自分自身)に出会う事なのだろう。

人は、「感情」のコントロール
自分の感情を自分の支配下に置く事が
苦手になって久しい。
なぜなら、
長年にわたり、世間てやつから洗脳されてきたからだ。

しかし、
感情が作り出す波をおさめなければ
水面は鏡のようにはならず
本当の自分は見つけられない。
し、
当然、いつまでも真実を知る事もなければ、いつまでも殻をかぶって片意地はって、戦いながら生きていく事になる。

ま、
それをあえて選ぶ人々もいるので
それぞれでいいと思うが。。。


アタスは、化粧をやめて
そーねぇ。。。。。5年にくらいにはなるのかしらっっっ?!

旅先の荷物も軽く、
化粧をしたりとったりに時間もとられずぅ〜
化粧をやめてストレスがなくなった。

きっと、
化粧というツールを使わずとも
感情のコントロールが可能になったのだろう。

っっちゅうか
いつでもどこでも変わらんから
自分をつくる必要も
隠したり大きく見せる必要もなくなったのだろう。
絶対、天皇陛下にもタメ口でいけそうやもんなぁ。。。

では、
何故、いつでもどこでも変わん自分が出来たのか?
それは、
「内観」に他ならない。

どんなツールからでも
どんな道からでも構わない、是非 本当のあなた自身に出会って欲しい。
それは
感じた事のない「愛」との遭遇である。

| ena | 内側の事 | 22:14 | comments(0) | - | -